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東京高等裁判所 昭和28年(う)1975号 判決

控訴人 被告人 堀越庄太郎

弁護人 井上英男

検察官 大久保重太郎

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月及び罰金参万円に処する。

但し本裁判確定の日より四年間右懲役刑の執行を猶予する。

右罰金不完納のときは金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

群馬県多野郡藤岡町所在藤岡税務署保管に係る番号一、一斗ガメ五本、二、合成清酒五斗九、二石ダル空一本十四、蛇管一個、十五、蒸溜器一個、十七、水管二個、十八、杓子三個、十九、濾過器一個、二十二、酒精計二個、二十三、ゴム管(一〇米、二、九米)二本は之を没収する。

原審に於ける訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は被告人及び弁護人井上英男提出に係る控訴趣意書記載の通りであるから之を引用する。

之に対する当裁判所の判断は次のとおりである。

第二点について

本件記録を調査すると原審第四回公判期日に於て検察官は合成清酒製造の起訴事実を清酒製造の事実に訂正を申請し原審裁判官が之を許可したことは明らかであるから、右は合成清酒製造の起訴事実を清酒製造の事実に訴因を変更し、裁判所はこれを許可したものと認められる。

然してその後原審が訴因変更の手続を採らないで合成清酒を製造したものと認定したことは所論のとおりであつて、右のように一旦合成清酒製造の訴因を清酒製造の訴因に変更しながら更に訴因の変更又は先の訴因変更の取消をしないで合成清酒製造の事実を認定したことは原審の訴訟手続としていささか妥当を欠くものと云わなければならない。

然しながら清酒製造の訴因に対しこれを合成清酒を製造したものと認定しても酒類を製造したという基本事実に変更なく且被告人の防禦に実質的不利益を生じないものであるから訴因変更の手続を経なくても違法ではないものと解せられる(昭和二十七年十月十六日最高裁第一小法廷決定判例集第六巻九号一、一一六頁参照)、それ故原審が前示のように合成清酒製造の起訴事実を清酒製造の事実に訴因の変更を許可しながら訴因変更の手続を採らないで再び之を合成清酒を製造したものと認定しても刑事訴訟法第三百十二条に違反したものとは解せられずこれを以て訴訟手続が法令に違反したものと云うことはできない。

又被告人が製造したものが合成清酒であることは原判決挙示の証拠によりこれを認めうることは前示第一点に対する判断中に於て説明したとおりであるからこの点においても原審は事実の誤認又は審理不尽の違法はないというべく論旨はすべて理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 谷中董 判事 荒川省三 判事 福島昇)

弁護人の控訴趣意

第二点事実の誤認

一、本件において検察官は被告人は免許なく米と米麹と水とを原料として………合成清酒を製造したものとして起訴して来たのでありますが昭和二十八年四月十五日第四回公判期日においてこれを清酒と訂正しこの訂正は裁判官によつて許可されました。(右公判調書援用)即ち本件起訴は被告人が免許なく米と米麹と水とを原料として………清酒を製造したものであるということに変更されたのであります。

二、然るに清酒と合成清酒とは種類を異にし、旧酒税法(昭和十五年法律第三十五号)第三条及第四条、新酒税法(昭和二十八年法律第六号)第二条及第三条、その原料及製造過程にも大いに相違があることは申すまでもありません。原審における税務署職員である証人武田弘及鈴木義躬は同人等の臨検差押の際は本件の液体は合成清酒であつたと証言して居りますけれども(昭和二十八年一月十日検証現場における同人等の尋問調書援用)原審における検証又は鑑定の結果其他一切の証拠によつても本件の液体が果して合成清酒であるか清酒であるか又はその混合酒であるか或はその他の何物であるか(現に原審における鑑定人高橋直正の鑑定の結果によれば前記証人武田弘及鈴木義躬が合成清酒であると証言しておるものの中からアルコール分を含有しないもの即ち酒類にあらざるものが出ておるのである)判明しないのであります。故に原審弁護人は昭和二十八年四月十五日第四回公判期日において(一)本件の差押を受けた機械及道具(甲第一号証記載の物件)によつて合成清酒若くは清酒が製造出来るかどうか(二)本件の液体が合成清酒か清酒かその混合物か等について鑑定を求めたのであるが検察官は必要ないという意見を陳べ裁判官も亦その必要なしとして右請求を却下したのでありますが検察官は直後に卒然本件の液体を合成清酒にあらず清酒であると変更を申立て裁判官も亦その申立を許可したのであります(右公判調書援用)。然るに原審判決においては同一裁判官が更に又本件の液体を合成清酒であると認定しておるのであります。これを要するに本件の液体が合成清酒であるか清酒であるか或はその混合物であるかは有耶無耶のうちに原審判決は合成清酒であるとこれを認定したのであります。

三、かくの如く原審判決は極めて甚だしい粗漏な審理のもとに為されたものであつて事実の誤認があり得るのでありこの誤認があればその誤認が判決に影響を及ぼすことが明かであるのであります。

(その他の控訴趣意は省略する)

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